何のために一流を目指す? カッコイイ社員になるのが夢? つまらない夢だな

一流の社員を目指す? なってどうなる。

自己満足程度にはなるだろうが、それで心は満たされるのだろうか?

 

10年後に一流になって初めて気づくのかも知れない。

目指すゴールが間違っていたことに。

 

これは、三流程度にも仕事ができない男の戯言である。

だが、仕事の天才だったとしても一流は目指さないと思う。

 

一流の社員なんて誰でもなれる。

そんなものになるために生まれてきたのではない。

 

人間はこの世界に『支配』されるしかないのだ

神様は残酷だと思う。

人間に素晴らしいものだと称して欲望を植え込んだ。そのことに感謝していいのだろうか? 否。そんなの人間を無理やり生きさせるための支配でしかない。

例えば、

 

『愛』があるから、失いたくない大事なものができ、残された者のために死ねなくなる

『富』があるから、愛する誰かを幸せにするために労働をせざるを得なくなる

『労働』があるから、人間を悩ませ、不自由な人生を送ることになる

『快楽』があるから、それを満たすためにさらに上を追い求める

 

こんな欲望を持つから、この世界に支配されるのだ。

当たり前に深夜まで働いて、眠い眠いと早朝から労働へ向かう者。

平日の朝に蔓延るサラリーマンの群れ。

 

この世界のルールに浸かってしまった者は、

この世界で生きることしか選択肢がないのだ。

 

その点私には、愛するものも、働きたいと思う気持ちも、お金がほしいという欲求もない。

死にたいとも思わないが生きたいとも思わない。

つまらない人生ならいつでもドロップアウトできる第3の選択肢がある。

これが最大の自由だと思わないか?

 

なぜお金のために働くのか? 食料のために働けば生きられるのに

自給自足の生き方ができれば、働く必要はない。

 

だが人間は『便利』を求めすぎた。

結果、たくさんの仕事が生まれて何でもある便利な世界になったが、生活は苦しくなり、自由な生き方も制限されてしまった

 

人間って調子に乗ってね?

 

「労働生産性」を追求することは、『創造力』を奪うこと

人間の時間は有限だ。だから何でもデータ分析をして『最速』を求められる。

 

徹底したタイトなスケジュールは「生産性」を上げるが、

速度にとらわれるあまり、もっと大事な『創造力』を失う。

 

速さはそれっきりだが、品質は未来に残る。

プロは速さでお客を感動させるが、『品質』で感動させるカリスマを目指すべきじゃないか?

 

平等とはレベルを落とした不平等だ

人間は『平等』である必要はないと考える。

 

勝ち組は勝つべくして勝ち、

負け組は負けるべくして負ける。

そして「不平等だ」と世に嘆く。

 

考えて欲しい。

この不平等が解消されたとして、気持ちは満たされるのだろうか?

否。考え方の本質が間違っている。

 

勝ち組と負け組の違いは、『ものの見方』だと考える。

勝ち組は、他の誰もが考えもしない『視点』で世の中を視る。そのためにずば抜けた『観察力』と『感性』を備え持つのだ。

 

不平等を嘆くのではなく、

不平等のレールに乗っている自分を変えるべきだ。

負け組には見えないものを視る観察力、負け組には感じないものを感じる感受性を磨くべきだ。

 

それらは負け組と群れていては決して磨かれない。勝ちたければ負け組を断ち切るべきだ。

 

孤独な者にこそ「不平等」を手にするチャンスがある。

 

仕事で悩む人は『仕事のプライオリティ』が高すぎだ

仕事なんかなくたって、大抵生きていける。

(餓死することはあるが稀な例だ)

 

それなのに、人間は今よりも多くの『お金』を求めて、死ぬ手前まで必死に働く。

そして『人生=仕事』という洗脳状態に陥るのだ。

人生と仕事が直結してしまい、仕事で失敗すると「人生もうダメだ」と悩んでしまう。

 

みんな仕事のプライオリティ(優先順位)高すぎでは?

人間なのだから、自分のやりたいことを自由にやって生きた方が幸せだ。

『お金=幸せ』ではない。

自分が本当にやりたいことを見定めて、そのために最低限必要なお金さえあればいい。

 

お金はやりたいことをやるための道具。仕事はその道具を得るための手段の一つに過ぎないのだから。

 

仕事を『人生のプライオリティ』のベスト5から外すべきだ。